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boofoooohの日記

サッカー/音楽/本/大人になってからのフットサル

「この世界の片隅に」を観て読む

昨年末、映画「この世界の片隅に」が凄い話題でしたね。
ネットに溢れる絶賛の声に押されて、私もしばらく前に観てきました。

今年1番とかもう何回観たとか、とにかく感動したみたいな感想と、片渕監督のリサーチの徹底ぶりが話題になってて、なんかこう、その日ご飯が食べられなくなるくらいの、凄い衝撃を受けるんだろうと思って、ビクビクしながら観に行きました。

で、どうだったかというと、大丈夫でした。
水餃子や紹興酒を美味しくいただけました。

美味しく食べられたのはいいんですけど、その分モヤモヤしまして、観終わった後、即原作買いました。いや、良かったけどそんなには…俺、分からなかったのか?と不安になったんですね。

原作を読んで、勘違いに気付いたり、意味が分からなかったシーンが理解できたりしましたが、映画自体の感想はそんなに変わるものではありませんでした。

それよりも、原作と映画の違いから、この映画の意図が感じられまして、それについて書いてる人をあまり見かけないんで、そのことを書きますね。

 

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 この世界の片隅にこうの史代 映画はすずの心象と現実が区別しづらくて混乱しました。

 

原作と映画の違いの一つとして、主人公すずの義姉、徑子がかなりキツいんですよ。原作だともっと柔らかい。原作の浦野家はもっとほんわかしてるんですよね。映画はそうした柔らかいシーンをとっぱらって、凄い嫌ってるかのように描いてる。

で、なんで辛く当たってたかというと、徑子とすずが和解するシーンで徑子が明かすんですが、自分は辛い目にあってるけど自分の道を選んで生きてるから不幸ではない。「そのてん周りの言いなりに知らん家にヨメに来て」「言いなりに働いて」「あんたの人生はさぞやつまらんじゃろと思うわ」「じゃけえいつでも往にゃあええと思うとった」

徑子は好きな男と一緒になり、夫に先立たれても子を育て、自活するだけのバイタリティがあります。独身時代はモガ(ググれ)という設定で、当時としては珍しい自立した女性なんですね。

一方、すずは突然誰かも分からぬような男の嫁に出され、嫁ぎ先では義母は脚が悪くて家事ができず、昨日まで全然知らなかった家の家事を1人でやらなきゃいけなくなります。

 

しかも夫にはほかに好きな女がいる。映画ではあまり描かれなかった遊女のリンですが、すずの夫周作は彼女が好きだったんだけど、遊女だったんで結婚しなかったんですね。すずとの結婚式で拳を握ったまま祝膳に手をつけなかったのはそういうわけだったんですが、すずは後にそれに気付いてしまいます。

すずと周作の初夜は原作が繊細に描いてるんですが(行為じゃないよ)、嫁入りが決まったときに、祖母が初夜の儀式を教えるんですよ。なんのこっちゃか分からず理由を問うすずに、厳粛に答えるんですね「なんでもじゃ」。ドン引きするすず。

素性も分からぬ男でも、周りが決めたら結婚して、セックス拒否できなかったんですよ昔は。原作は初夜のあと朝を迎えたすずの、周作の寝顔と対照的な複雑な表情と、早速家事に取りかかる姿を淡々と描いています。

 

いや過酷ですよね、当時の女性は。それで周作がねえ、こいつダメですよ。そんなんでもらった嫁が姉にいびられてもかばわないし。優しい分タチが悪い。

その後爆弾で右手と仲良しの姪(徑子の子)を失ってしまったすずが、こんな家に居たい訳が無い。

映画では浦野家に焼夷弾が落ちたときに、すずはしばらく何もせずたたずみます。原作だと、その前段のシーンで「この家はまだ焼けない」というモノローグが入りますが、その前話での壊れれば実家に帰れると思ったことを受けてのことで、映画のたたずみ方は、それ以上に、家自体に対する憎しみが感じ取れました。

すずは葛藤の末、意を決して火を消しますが、妹に誘われたことをきっかけに、実家に帰ることを決意します。周作は引き留めますが、彼の言葉は響きません。

 

この後、前述した徑子とのシーンになるんですが、彼女は「ここがイヤになったらね」と続けます。そして、愛娘を失った自分に、すずが必要であることを告げます。その上で、いやにならない限り居場所はあるから、くだらん気兼ねをせずに「自分で決め」と言うんですね。

映画は、より彼女の行動をキツく描くことで、彼女の考えを際立たせ、その気高さを強調したかったのではないでしょうか。

原作を読むと、お義母さんは終始すずに対して良いフォローしてんですよ。徑子は厳しいですが、母娘2人は、当時の女性を取り巻く厳しい状況に対峙し、すずにそれぞれの生き方を示しながら、共に生きていたわけです。「この世界の片隅」とは、色んな捉え方ができると思いますが、身寄りがなく、拾われて遊女になったリンも含めて、男優先の社会の中で、女性が支え合って暮らしているところなんだと、この映画はいっているんだと思いました。

 

ということで、すずが生きていく姿に感動しながらも、男としてはなんというか申し訳ない気持ちになってるんですが、みんな絶賛しかしてないんだよな。やっぱ違ってるのかな…。

 

コトリンゴの音楽良かったです。