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boofoooohの日記

サッカー/音楽/本/大人になってからのフットサル

フリッパーズ・ギター「ゴーイング・ゼロ」を聴き直す

先日、NHKでやってた「ニッポン戦後サブカルチャー史」を録画で観たんですが、「え?」というような内容でした。「渋谷系」って言葉で括ることが、当時の音楽を語る上で大きな誤りだと思います。

渋谷系」、今ウィキペディアを確認しましたが、あれで大体合ってると思います。要は「渋谷系」は「何かオシャレ」な音楽を指すのに使われた言葉で、使用例としては、「あーなんかこういうの渋谷系っていうんでしょ?」というのが正しい使い方で、それ以外は使えません。

渋谷系」という言葉は、使い始めた人間が、自分にとって興味のない音楽が、当時輸入盤屋、特に洋楽も邦楽も取扱う外資系の大型店が集まっていた渋谷で売れ筋だったのをそう呼んだだけなので、具体的にどういう音楽かという定義がなく、流行りもの十把一絡げ感が大層強いです。当時そう括られてしまったミュージシャンもリスナーも、「げっダセー」と思ったはずで、自ら渋谷系を名乗る人はいませんでした。しかし、売る方は満更でもなかったか、売れりゃどうでも良かったか、この言葉を売り文句として便利に使ったために、新規のリスナーが増えるにつれ、次第に言葉としては定着してしまいました。

そんなことはともかく、90年代初めに、なぜ60〜70年代再評価が起きたのか。音楽は、時代とともに埋もれていった過去のレコードがこの時期一気にCDで再発されて、新譜と並べられて日の目を見たというのはあったかもしれませんが、ビジュアル、ファッションも再評価された理由は、正直良く分かりません。

時代は繰り返すってことなんですかね。まあパンクでいったん否定して、ニューウェイブで頑張ってたけど、やっぱ良いもんは良いな、ぐらいな話でしょうか。ですが、過去に遡ったまま帰れなくなった私のような人間もいて、時代性という新陳代謝が無効になって、情報がオーバーフローしたままネット時代に突入してしまったのは、良かったのか悪かったのか、昨日の流行りは今日の時代遅れの80年代を原点に持つ身としてはいささか複雑です。

 

さて、同じく80年代をルーツに持つ、フリッパーズ・ギターも件の番組で取り上げられていました。インタビューに応えていたのが本人達じゃなくてカジ君だったんですけど、カジ君半ズボンだったんですけど、フリッパーズのことを、時代の空気を絶妙に取り入れていたと嬉しそうに語っていました。

80年代ネオアコを出発点に、過去のロック、ポップスを短時間で吸収していった彼らですが、一番目を配っていたのは同時代のイギリスのインディーズ系のバンドの動向で、3枚目にして最後のスタジオアルバムは、マッドチェスター吹き荒れた当時の音が刻まれています。

こないだ何気なくハッピーマンデイズやスープドラゴンズなんかの動画を見た後に、そのアルバム「ヘッド博士の世界塔」を聴いてみると、ああ一緒だなあと感心しました。もっと60年代な印象があったんですけどね。

フリッパーズは昔大好きで、ラジオ番組も毎回録音して聴いてたくらいだったんですが、今聴くと気恥ずかしいですね。特に一番聴いた2枚目の「カメラトーク」が駄目です。曲は良いからギターは弾くんですが…。そんなことで聴き直すことは殆どない彼らの作品も、「ヘッド博士」に収録されている曲はふと口ずさむことがあります。青臭さを感じる以前に混沌とした作品だったからかもしれません。中でも「ゴーイング・ゼロ」はふと思い出すことが多い曲です。この曲、アルバムの中では地味なんですが、何故でしょう。

 

 フリッパーズ・ギター 「ゴーイング・ゼロ」

 

タックスマン風ベースラインに乗っかった、ワウやトレモロがかかったギターとオルガンは、この頃の音でしたね。ベースとオルガンの演奏が素晴らしくて、もともと歌のメロディは良かったんですが、この演奏があったからこそ印象に残ったのかと今気付きました。

歌詞の内容なんですが、何処へも向うことができず、逃げることもできない閉塞的な状況を、言葉遊びで自嘲的に歌っているんだと思ってました。どうせ何処へも行けないんだから無駄だからみたいな。彼ららしいヒネた歌詞だなくらいに当時は思っていたのが、改めて聴くと、斜に構えているのではなく、ゼロに向かわざるを得なくなってしまった彼らの悲痛な思いそのままなんですね、これ。

アルバム全体がそんなトーンだし、インタビューでもそんなようなこと言ってたにもかかわらず、フリッパーズは真意を見せないようなとこがあって、当時はそうは考えられなかったんですよ。ラジオで解散を知ったときは本当に吃驚しましたから。でもこんなストレートな歌だったから、いつまでも耳に残っていたんですね。地味って書きましたが、ストレートな歌が素晴らしい演奏と相俟った力作だったわけです。

 

フリッパーズ解散後、それぞれの道を歩んでいった2人のことは途中から追わなくなってしまいましたが、小山田君はコーネリアスの3枚目とか、オザケンもアルバム3枚目の頃、「ある光」なんて素晴らしいシングルを出したりと良い時期があって、結局ゼロではなかったではないかと懐かしく思う次第です。

 

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こんなん出てきたぞ!

 

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